三十代半ば、僕の生え際は少しずつ後退し、頭頂部の地肌は光に透けるようになっていた。市販の育毛剤では焼け石に水。インターネットで情報を集めるうちに、AGAという言葉と、それが病院で治療できることを知った。しかし、僕の前に立ちはだかったのが「保険適用外」という現実だった。クリニックのウェブサイトに書かれた「月々数万円」という費用は、当時の僕にとって決して軽い負担ではなかった。保険が効かない治療に、それだけの価値があるのだろうか。効果がなかったら、ただお金を失うだけではないか。そんな不安から、僕は何か月もの間、治療に踏み切れずにいた。転機となったのは、ある休日の午後のことだった。公園で、息子とキャッチボールをしていた時、強い風が吹いて、僕の前髪が大きくめくれ上がった。その瞬間、周りにいた他の父親たちの視線が、一斉に僕の額に集まったような気がした。気のせいかもしれない。でも、その日から、僕は息子の友達や、その親たちと会うのが少し億劫になった。自信のなさから、人の目をまっすぐに見られなくなっている自分に気づいた。その時、僕は思ったのだ。僕が失っているのは、髪の毛だけじゃない。自信だ。そして、自信のなさは、日々の生活の質(QOL)を確実に蝕んでいる。毎月数万円という費用は、髪の毛のためだけではない。この失いかけた自信と、堂々と前を向いて生きていくための「自己投資」なのだと。そう考えた時、僕の中で費用と効果の天秤は、大きく効果の方へと傾いた。その日の夜、僕はクリニックの無料カウンセリングを予約した。治療を始めて一年が経った今、僕の髪は確実に戻ってきた。しかし、それ以上に大きな収穫は、鏡を見るのが怖くなくなり、どんな場面でも人の視線を気にせずに笑えるようになったことだ。あの日の決断は、僕の人生にとって、最も価値のある投資の一つだったと、心から思っている。