健太は、ここ数ヶ月、毎朝の儀式を欠かさなかった。洗面所の鏡の前で、スマホのカメラを頭上にかざし、自分のつむじを撮影する。そして、拡大した画像を食い入るように見つめ、昨日よりも地肌の面積が広がっていないかを確認するのだ。その結果に、いつも彼の心はどんよりと曇った。高校二年生。周りが恋愛や将来の夢に胸を膨らませている中、健太の頭の中は髪のことでいっぱいだった。そんなある日、彼は決意した。このまま悩んでいても何も変わらない。行動しよう、と。まず彼が始めたのは、生活の記録だった。何時に寝て何時に起きたか、朝昼晩に何を食べたか。小さなノートに書き留めていくと、自分の生活がいかに乱れていたかが一目瞭然だった。深夜までのゲーム、スナック菓子とカップ麺が中心の食事。健太は、まず夜12時までには寝る、三食きちんと食べる、という簡単なルールを自分に課した。次に、彼は近所のドラッグストアへ向かった。シャンプーの棚をじっくりと見て、これまで使っていた安価な洗浄力の強いものではなく、少し値段は高いが「アミノ酸系」と書かれた、頭皮に優しいシャンプーを選んだ。その夜、指の腹で優しく頭皮をマッサージするように髪を洗い、丁寧に乾かした。特別なことをしたわけではない。しかし、自分の体を大切に扱っているという感覚が、健太の心に小さな灯りをともした。翌朝、健太はいつものように鏡の前に立った。しかし、スマホを手に取ることはしなかった。代わりに、鏡に映る自分の顔をまっすぐに見つめた。つむじの状態は昨日と変わらない。でも、彼の表情は昨日までとは違っていた。そこには、小さな一歩を踏み出した人間の、静かな決意と希望が宿っていた。