髪を取り戻して見えた新しい景色
デュタステリドでの治療を始める前、僕の世界は灰色だった。人の視線が常に頭頂部に突き刺さるような気がして、エレベーターやエスカレーターでは、いつも誰かの後ろに立つことを避けていた。鏡を見るのは、髪をセットする僅かな時間だけ。それ以上は見たくなかった。治療は、藁にもすがる思いで始めた最後の挑戦だった。初期脱毛の不安な時期を乗り越え、半年が過ぎた頃から、世界は少しずつ色を取り戻し始めた。産毛が生え、それが力強い髪へと育っていく。その小さな変化が、僕の心に大きな自信を植え付けていった。髪が増えたことで、一番変わったのは僕自身の心だった。以前は、初対面の人と話す時も、相手が自分の頭を見てどう思っているかばかりを気にしていた。しかし、今は違う。相手の目をまっすぐ見て、堂々と話せるようになった。服装にも気を使うようになり、今まで敬遠していた明るい色の服も着られるようになった。週末には、友人に誘われても何かと理由をつけて断っていたが、今では自らアクティブに外出するようになった。髪というコンプレックスから解放されたことで、僕は、僕が本来持っていたはずの社交性や前向きな気持ちを取り戻すことができたのだ。もちろん、今でも毎日の薬は欠かせない。しかし、それはもはや苦痛な義務ではない。新しい自分を維持するための、ポジティブな習慣だ。デュタステリドは、僕に髪の毛を与えてくれただけではない。それは、失いかけていた自信と、人生を前向きに楽しむためのきっかけを与えてくれた。鏡に映る自分に、今は心から笑いかけることができる。この景色を見るために、僕はあの時、一歩を踏み出して本当に良かったと思っている。